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盛岡地方裁判所 昭和30年(わ)236号 判決

被告人 三浦佐之亟

大八・二・一生 食料品雑貨販売業

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

但し、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

押収してある請求書及び受領書各一〇通(証第一六ないし二五号)及び受領証三通(証第二六ないし二八号)は没収する。

訴訟費用のうち、証人関東一、大里周蔵、阿部吉郎に各支給した分及び証人阿部末吉に対し昭和三一年六月二五日支給した分の四分の一、証人阿部小次郎に対し同日支給した分の三分の一、証人高村専太郎に対し昭和三二年一〇月一八日支給した分の六分の一は被告人の負担とする。

本件公訴事実中、第一(一)の虚偽公文書作成同行使教唆、第一(二)の虚偽公文書行使、背任、第二の各虚偽公文書作成、同行使、第三の業務上横領(以上別紙記載事実のとおり)の点につき、被告人は無罪。

理由

(事実)

被告人は、昭和二二年四月から同三〇年一一月まで岩手県二戸郡田山村(現在、合併して安代町となる。)の村長をしていたものであるが、その在職中、米代川治水期成同盟会(田山村はその会員であつて負担金を支出していた。)の会長大里周蔵(秋田県花輪町長)の名義を冒用し、又は米代川上流部砂防治水期成同盟会なる架空の団体名を用いて、負担金等の名目で収入役から村公金を騙取し、村の予算外の用途に費消しようと企て、昭和二六年九月一〇日同村役場において、ほしいままに行使の目的をもつて同役場備え付けの一枚の紙でできている請求書及び受領書用紙を用い、請求書金額欄に「弐万円」、同但書欄に「八月三十一日秋田砂防課長一行調査来郡負担金」、請求書及び受領書の各年月日欄に六、九、十と記入し請求人及び受取人の各欄にかねて用意していた「米代川上流部砂防治水期成同盟会会長大里周蔵」と刻したゴム印及びその名下に「会長之印」なる角印を各冒捺し、もつて同日付金額二〇、〇〇〇円の田山村宛米代川上流部砂防治水期成同盟会会長大里周蔵名義の印章ある請求書及び受領書各一通(証第一七号)の偽造を順次とげ、同日同役場においてこれを真正に成立したものとして同村収入役阿部末吉に一括提出して行使し、同収入役をして、米代川上流部砂防治水期成同盟会なる団体が実在しその会長が大里周蔵であつて、同人から右趣旨の負担金の請求があつたものと誤信させ、よつてその頃同役場において同収入役から現金二〇、〇〇〇円の交付を受けてこれを騙取したほか、前同様の手段方法により、同役場において、行使の目的をもつて別紙一覧表1ないし9記載のとおりそれぞれ前記期成同盟会会長大里周蔵名義の印章ある請求書及び受領書各一通を順次偽造し、その都度同役場において右偽造請求書及び受領書を前同様右阿部収入役へ一括提出して行使し、同収入役を前同様誤信させ、よつてその頃同所において同収入役に右請求書記載金額に相当する現金を各交付させてこれを騙取し、次いで同役場において、行使の目的をもつて便せんを使用し前同様の手段方法で右一覧表11、12記載のとおり前記期成同盟会会長大里周蔵名義の印章ある田山村宛受領証各一通を偽造し、その都度同役場において右偽造受領証を前同様阿部収入役へ提出行使し、前同様同収入役を誤信させて、その頃同所において同収入役に右受領証記載金額を各交付させて騙取し、なお右の如く便せんを使用し、同役場において、行使の目的をもつてほしいままに右一覧表10記載のとおり受領証を作成し、もつて米代川治水期成同盟会会長大里周蔵名義の印章ある田山村宛受領証一通の偽造をとげ、即日同役場においてこれを真正に成立したものとして右阿部収入役に提出行使し、同収入役をしてその旨誤信させ、よつてその頃同役場において同収入役に右受領証記載金額に相当する現金を交付させてこれを騙取したものである。

(証拠)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示各所為のうち、私文書偽造の点は刑法第一五九条第一項に、偽造私文書行使の点は同法第一六一条第一項に、詐欺の点は同法第二四六条第一項にそれぞれ該当するところ、右偽造私文書一括行使の点は一個の行為が数個の罪名にふれる場合であるから同法第五四条第一項前段第一〇条によりいずれも偽造請求書行使の罪の刑により、判示各私文書偽造、同行使及び詐欺はそれぞれ順次手段結果の関係にあるので同法第五四条第一項後段第一〇条により最も重い各詐欺罪の刑に従い、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文第一〇条により最も犯情の重いと認める別紙一覧表2による詐欺罪の刑に併合罪の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、情状により同法第二五条第一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、主文第三項掲記の物件はそれぞれ右各詐欺罪の供用物件であつて、かつ偽造文書で何人の所有も許さないものであるから同法第一九条第一項第二号第二項によりこれを没収し、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して主文第四項掲記の分のみ被告人の負担とする。

(無罪の理由)

一、本件公訴事実中第一(一)の虚偽公文書作成同行使教唆の点(別紙記載事実のとおり、以下同じ。)について

田山村収入役阿部末吉が昭和二六年九月同村役場において、自己が保管する田山村領収証書用紙一七通(いずれも領収者として二戸郡田山村収入役阿部末吉の名義が印刷されてあるもの)を用い、これに公訴事実の如く阿部小次郎の昭和二四年・同二五年度の滞納村税につきその納入がないのにかかわらず各納入済の記入をしたうえ収入役の領収印を各押捺し、同収入役名義の虚偽の領収証書合計一七通(証第一ないし九号)の各作成を遂げ、その頃これを納入原符綴に編綴のうえ同役場に備え付けて行使したとの点は一件記録により明らかである。

そこで右犯行が当時田山村村長であつた被告人の教唆によるものであるかどうかについて考える。

まず受命裁判官の証人阿部末吉に対する昭和三一年六月二二日付、同三二年一〇月一四日付各証人尋問調書をみるに、被告人は昭和二六年六月二三日頃田山村村議会へ阿部小次郎を監査委員に選任する案を提案したが、同人が村税を滞納していたため否決され、その翌日同村役場において私に対し「次の議会に再び阿部小次郎を監査委員に選任する案を提出するから次の議会までにそれより一〇日か二週間位前に納入があつたような手続をとつておけ」と指示したので、次の議会は同年九月末頃であつたのでそれに間にあうよう同月一八日頃納入の日を議会より一〇日位前にして本件各領収証書を作成し、結局右九月末頃の議会で小次郎は監査委員に選任された。なお被告人は納入手続をとつた後の処置については後で整理するといつたのみで監査委員の手当などで充当しておくようにとの指示はなにもなかつた旨の供述記載がある。

しかしながら被告人の公判廷における供述、当裁判所の証人長谷部秀雄、安保辰己に対する各証人尋問調書、受命裁判官の証人長谷部秀雄、高村専太郎(昭和三二年一〇月一五日付)に対する各証人尋問調書、押収してある昭和二五年度同二六年度田山村議会会議録(証第五四号)によると、阿部小次郎が監査委員に選任された経緯は、昭和二六年六月一日田山村定例議会において被告人が阿部小次郎を学識経験者として監査委員に選任するにつき議会の同意を求めたところ、長谷部秀雄ら一部議員から村税滞納者を監査委員に選任することは適当でないとの反対意見があり、これに対し被告人において監査委員や当時小次郎の就任していた消防団長の手当などにより逐次納入させて整理する方法をとる旨弁明し議会はこれを了承して選任に同意したことが認められ、しかも前記田山村議会会議録によれば、昭和二六年九月一八日開会の議会は臨時議会であつて、右小次郎の監査委員選任に同意を与えた前記六月一日の定例議会以後それまでの間に七月九日臨時議会八月一五日定例議会が開かれていることが明らかでかかる事実からすれば、被告人が小次郎の滞納村税を次の議会までに納入があつたものの如く、装う必要があつたと首肯するに足る理由は発見し難く、阿部末吉の右供述は重要部分において右認定事実と矛盾し、他方において阿部末吉は記録添付の確定判決により明らかな如く田山村公金を横領していたこと、さらに末吉と小次郎とはいわゆる「あいかまど」でお互の妻は姉妹の間柄で、当時小次郎は事業に失敗し、末吉においてしばしば公金を融通していたことが受命裁判官の証人阿部末吉(昭和三一年六月二二日付、同三二年一〇月一三日付)阿部小次郎に対する各証人尋問調書によりうかがわれることを考慮するときは、前記証人尋問証書中の末吉の本公訴事実に関する供述は到底信用し難く、かえつて右認定事実に被告人の公判廷における供述、受命裁判官の証人安保辰己(昭和三一年六日二二日付)、阿部小次郎に対する各証人尋問調書により認められるところの小次郎が監査委員に選任されて以来被告人は同人にその滞納村税の納入手続をとつた旨話したことはないばかりか、しばしばその手当などで滞納村税を納入するように督促していたこと、当裁判所及び受命裁判官の証人長谷部秀雄に対する各証人尋問調書、前記村議会会議録により認められる長谷部秀雄が昭和二六、七年頃出納検査に立会つた際、小次郎の滞納整理についての質問に未納である旨答えていることを総合すれば、被告人の公判廷における昭和二六年六月小次郎が同村監査委員に選任された直後、同人の滞納村税が議会で問題となつたため、小次郎の監査委員や消防団長などの手当旅費などにより逐次整理するよう収入役たる末吉に指示したにすぎない旨の弁解が寧ろ筋が通り真実に合致するものというべきである。

もつとも被告人の検察官に対する昭和三〇年一〇月二六日、同一一月一一日付各供述調書には、小次郎は監査委員に選任された後依然滞納村税を整理する様子もみえないので監査委員としての面子を考え、昭和二六年九月頃収入役の末吉に監査委員の手当などで納めさせるようにして取り敢えず納入した手続をとるよう指示した旨の記載があるけれども、これは右説明に照らし、かつ被告人の公判廷における供述からすれば、右取調当時多少抑圧的誘導的な取調をうけてこれに迎合したやの疑を入れる余地もあるので信用することはできない。

ところが右信用しない証拠を除けば、その余の証拠によつては本公訴の教唆の事実を認めるに足りないから結局本公訴事実はその証明なきものである。

二、本件公訴事実中第一(二)の虚偽公文書行使、背任の点について被告人が昭和二七年一〇月頃監査委員八幡春松、阿部小次郎が田山村会計監査をなすに際し、起訴状記載の虚偽の領収証書が編綴されていた納入原符綴を他の帳簿、証憑書類とともに同村役場の一室へその保管場所から取り出しておいたことは、被告人の公判廷における供述、当裁判所の証人阿部小次郎、八幡春松に対する各証人尋問調書、受命裁判官の証人阿部末吉に対する昭和三一年六月二二日付証人尋問調書により認められるが、右虚偽公文書作成が被告人の教唆に基くことが認められないこと前説明のとおりである以上、被告人が右の如く虚偽公文書の編綴されている納入原符綴を取り出しておく際果して右虚偽公文書が編綴されていたことを知つていたかどうか疑わしい。元来監査委員が監査に当り帳簿、証憑書類を検査するのは当然の権限でまた村長、収入役等が監査に際しこれら書類を監査委員の閲覧しうる状態におくことは当然の責務というべきで、村長が仮りにこれら文書中に虚偽文書が存在することを知つていたとしても、これを取り除く等検査の対象から除外したとすればかえつてこれにつき責任の追求を免れない結果もあるべく、監査に際しこれを除外すべき筋合のものではない。また右証拠に当裁判所の証人阿部末吉に対する証人尋問調書を総合すると、帳簿、証憑書類は一切収入役の保管責任に属しており、田山村においては会計監査の際には、村長、収入役が監査委員の検査の便宜のため、その帳簿、証憑書類を役場の一室へまとめて取り出しておくのが慣例となつていることが認められる。これは単に監査委員の検査の便宜のために備付の状態を変えたに過ぎないものと解すべきである。従つて被告人が虚偽文書が編綴されていることを知つて右認定の如く監査委員に閲覧せしむべく一室へ取り出しておいたとしても、他に右虚偽文書を監査委員へ特に提示したものであるという特別事情があれば格別、かかる事情を認めるに足る証拠はないからただちにその行使があつたということはできない。そうして本公訴事実の背任についても、既に判示したところにより、起訴状にいう被告人が村長たる任務に背き阿部収入役をして小次郎の滞納村税の納入済手続をとらせた事実を認定する証拠がないというべきである。そうだとすれば、結局本公訴事実はすべてその証明なきに帰する。

三、本件公訴事実中第二の各虚偽公文書作成、同行使の点について

被告人が公訴事実第二(一)及び(二)1、2、3記載の日時、場所において一般会計予算に計上された昭和二五年度館市小学校建築費積立金一、〇〇〇、〇〇〇円、昭和二八年度公民館建築費積立金二、二〇〇、〇〇〇円、吏員退職手当積立金一〇〇、〇〇〇円、罹災救助資金積立金五〇、〇〇〇円の各積立金につき、いずれも収入役から受領した事実がないのにかかわらず、公訴事実の如く各請求書及び受領書(証第一二ないし一五号証)を作成して収入役阿部末吉に交付し、同人においてこれを所定の各証憑綴に編綴したことは一件記録により明らかである。

しかしながら、被告人の公判廷における供述、第一二回公判調書中の証人高野貞雄の供述記載、当裁判所の証人阿部末吉、安保辰己に対する各証人尋問調書、受命裁判官の証人阿部末吉(昭和三一年六月二二日付、同三二年一〇月一三日付、同月一四日付)、証人安保辰己(昭和三二年一〇月一四日付)、押収してある昭和二五年度財産費支出証憑綴(証第一二号)、昭和二八年度財産費支出証憑綴(証第一三号)、同年度役場費諸費支出証憑綴(証第一四号)同年度社会及労働施設費支出証憑綴(証第一五号)を総合すると、従来田山村における積立金の設置保管に関する取扱は、村長が収入役に対して一般歳計から積立金項目に相当する金額を支出し、これを村長名義において村指定の金融機関(岩手殖産銀行荒沢支店又は田山郵便局)に預金し一般歳計とは別途に保管すべき旨命令し、これにもとづき収入役が一般歳計から相応の支出をして積立保管する建前になつており、現実に村長収入役間に金銭の授受がなされるものでないこと(地方自治法第一四九条第三号によれば、積立金の保管は村長の担任事務であり、本来村長において収入役から右金員を受領のうえ自らこれを預金等して保管する理であるが、その際収入役を補助機関として積立保管せしめる場合が極めて多い。)また右積立金項目に相当する金額の支出及び一般歳計と別途に積立保管すべき旨の命令(積立命令)は、田山村にあつては慣習上一般村費の支払に用いる一枚の紙でできている請求書及び受領書用紙を用い、村長が請求書金額欄に積立金額、同但書欄に積立金項目、請求人及び受取人の各欄に村長名義を記入のうえ、その名下及び同用紙の箱書欄(未記入のまま)の受払命令又は村長と記載された箇所に押印して収入役に交付し、収入役はこれにもとずき相応の積立をし、右箱書欄に積立日付及び費目等を記入し、その全記載により積立がなされた旨の証憑書類として所定の証憑綴に編綴し積立てた現金或は預金通帳は収入役において保管しておく取扱いであつたことが認められる。

そうすると、本件各受領書の作成は外見的には被告人が現金を受領したように記載してあるが、右は前記積立命令の形式にすぎず村財政上当然の処理としてなんら違法のものではない。

もつとも積立命令としての請求書及び受領書は前述の如く証憑書類となるものであるから、被告人において本件各請求書及び受領書を作成する際帳簿面はとにかくとして不正使用その他なんらかの事由によつて現実に村公金が不足し、当該年度においては積立金項目に見合う金員を積立てることが不可能であることを熟知していながら、この事実を隠蔽し予算を正しく施行したものの如く決算を成立させる意図のもとに右各請求書及び受領書を作成した等特別の事情があつたものとすれば、偽造の疑を生ずるのでこの点についてさらに審究する。

1、館市小学校建築費積立金について

被告人が昭和二五年度一般会計予算に計上されていた館市小学校建築費積立金一、〇〇〇、〇〇〇円につき昭和二六年五月頃公訴事実のとおり請求書及び受領書を作成し、これを収入役阿部末吉に交付したことは前判示のとおりであり、押収してある昭和二五年度田山村歳入歳出決算書(証第三一号)によると、歳出の部10款財産費2項積立金のところで右積立金が一般歳計から支出済として処理されているが、当裁判所及び受命裁判官(昭和三二年一〇月一三日付)の証人阿部末吉に対する各証人尋問調書、受命裁判官の証人関権太郎に対する昭和三二年一〇月一五日付証人尋問調書によると、右積立金につき実際にはなんら積立の手続がとられていなかつたことが明らかである。

そうして当裁判所及び受命裁判官(昭和三一年六月二二日付)の証人阿部末吉に対する各証人尋問調書によると、本件請求書及び受領書は昭和二六年五月二八、九日頃被告人から交付を受けたが、その際被告人から館市小学校建築費積立金一、〇〇〇、〇〇〇円は他に流用したため積立てないが、昭和二六年度の予算に繰入れる操作をする必要上この書類を作成したとの話があつた旨述べ、また受命裁判官(昭和三二年一〇月一三日付)同証人尋問調書中には当時不当な支出があつたため現金はなく被告人もこれを知つていたものである旨供述し、かかる供述からすれば現金がなく積立ができない旨を村長たる被告人に報告の要はなかつたはずであるのに、同調書中には右請求書及び受領書の交付を受けたが現金がないので積立てることができず、六月初め頃現金がなくて積立ができなかつた旨村長に報告したとの供述記載(五二〇丁、五二二丁、五二四丁)があるなどその供述は前後矛盾し、その他あいまいな供述が多く、これに被告人の公判廷における供述、当裁判所及び受命裁判官(昭和三二年一〇月一四日付)の証人安保辰己に対する各証人尋問調書、押収してある昭和二五年度田山村予算書綴(証第三〇号)昭和二五年度、同二六年度同村議会会議録(証第五四号)によれば、昭和二五年度末に至り同年度の地方財政平衡交付金、国庫支出金が既定予算額より二、五〇〇、〇〇〇円位増額になつている指令書が送付され、被告人はこれを財源として本積立金をも計上した昭和二五年度第四次追加更正予算を編成して昭和二六年三月二七日の議会においてその議決を経たもので、当時助役安保辰己も村公金の不足していたことを知らず右積立金は実施しうると考えていたことが認められ、特に証人阿部末吉の記帳にかかる昭和二五年度田山村村費日計簿(証第四一号)の昭和二六年三月末から五月末までの間に約二、七〇〇、〇〇〇円の平衡交付金、国庫、県支出金が納入になり、当時の残高は三、一八一、四六三円なる記載等を合せ考えると、阿部末吉の本公訴事実についての前記供述記載は信用できない。

寧ろ右認定事実に被告人の公判廷における供述、受命裁判官の証人阿部末吉(昭和三二年一〇月一三日付、同月一四日付)、安保辰己(昭和三二年一〇月一四日付)、佐藤一夫(昭和三一年六月二三日付)に対する各証人尋問調書により認められる被告人は収入役を信頼し会計については無関心というべき態度で殆んどその監督をなさず、予算外ないし予算超過の支出、一般歳計金の特別会計への流用等が行われていたことを考慮すれば、被告人の公判廷における本積立金については前記平衡交付金等の増額を財源として予算を編成し、これについての積立命令当時少なくとも五月末日までには右交付金等が入るので必ず積立ができるものと信じており、命令当時村の保管金を調べたこともなく収入役から財源が不足しているとの報告を受けたこともなかつた旨の供述が信用に価するものというべく、これに反する被告人の検察官に対する昭和三〇年一一月一一日付供述調書中の本積立金は昭和二五年度予算に計上されているので同年度決算期において右積立金に見合う歳計金はなかつたが積立をしたように決算をせざるを得なかつた旨の記載は、前記説明及び一において判示した如く迎合的供述の疑あることより信用できない。

2  公民館建築費積立金、吏員退職手当積立金、罹災救助資金積立金について

被告人が昭和二八年度一般会計予算に計上されていた公民館建築費積立金二、二〇〇、〇〇〇円、吏員退職手当積立金一〇〇、〇〇〇円、罹災救助資金積立金五〇、〇〇〇円につき昭和二九年五月頃公訴事実のとおり各請求書及び受領書を作成し収入役阿部末吉に交付したことは前判示のとおりであり、押収してある昭和二八年度歳入歳出決算書(証第三五号)によると、歳出の部2款役場費3項諸費のところで右吏員退職手当積立金が、6款社会及び労働施設費3項災害救助費のところで右罹災救助資金積立金が、9款財産費2項積立金のところで右公民館建築費積立金が、いずれも一般歳計から支出済として処理されているが、受命裁判官の阿部末吉に対する昭和三二年一〇月一四日付証人尋問調書、受命裁判官の証人関権太郎に対する昭和三二年一〇月一五日付証人尋問証書によると右積立金につき積立の手続をしなかつたことが明らかである。

そうして、受命裁判官の証人阿部末吉に対する昭和三一年六月二二日付、同三二年一〇月一四日付各証人尋問調書によると、同人はこれらの請求書及び受領書の交付を受ける際(公民館建築費積立金につき昭和二六年五月二五、六日頃、吏員退職手当積立金、罹災救助資金積立金につきその一、二日後)被告人から現金を他に流用したため積立てることができなかつたが、積立てたことにして決算するためこの書面で操作するとか、現実に積立てたようにして翌年度に繰入れるためのものであるとの旨を言い渡されたと供述し、さらに被告人の検察官に対する昭和三〇年一〇月一七日、同月二六日、同年一一月一一日付各供述調書によると、当時被告人は積立金に相応する村公金がないことは収入役からきいて知つていたが、予算上積立てることになつていたためこれをしないで決算を了しては村議会から糾弾されると考え本件各請求書及び受領書を作成した旨の記載があり、これからみると、一応不正を隠すためにことさら右各請求書及び受領書を作成した如くである。

しかしながら、被告人の公判廷における供述、受命裁判官の安保辰己に対する昭和三二年一〇月一四日付証人尋問調書、押収してある昭和二五年度同二六年度同二八年度の各田山村予算書綴(証第三〇、三二、三四号)によると、被告人は村財政を節約して田山村に公民館を建設しようと考え、公民館建築費積立金として昭和二五年度予算に六五〇、〇〇〇円、昭和二六年度予算に一五〇、〇〇〇円、昭和二八年度予算に二、二〇〇、〇〇〇円を各計上したこと、右昭和二八年度公民館建築費積立金は会計年度末において物件売払代金が四、四五九、〇〇〇円増収になることを見越して予算を編成したこと、吏員退職手当積立金、罹災救助資金積立金はいずれも昭和二八年度当初予算に計上されていることが認められる。

そうして被告人は公判廷において、本件各請求書及び受領書を作成するについては、これらの積立金は積立てうるものと確信し適正な予算の執行としてこれを収入役に交付したものであり、なおその際収入役から現在はそれに見合うだけの金がないかもしれぬといわれたから、五月末までには入つてくる金もあるから積立ててもらいたいと指示した旨供述し、この供述は、当裁判所及び受命裁判官(昭和三二年一〇月一四日付)の証人安保辰己に対する各証人尋問調書によると、同人も予算編成上現実に積立てることができると考えていたし、これが積立てられないことは昭和二九年暮の決算の際にはじめて収入役から聞知した旨供述しており、受命裁判官の証人阿部末吉に対する昭和三二年一〇月一四日付証人尋問調書、押収してある昭和二八年度田山村村費日計簿(証第四二号)によると、右日計簿の計数上右各積立金の積立命令当時三、五一六、六〇八円位の残があること、同じく押収してある昭和二八年度田山村金品処理簿(証第五九号、これについては村長の認印があり、安保辰己は未納のものはないと述べている。五八〇丁)によると、木材売払代金として昭和二九年二月一日五六七、〇〇〇円、同年三月一五日二七五、〇〇〇円、二二五、〇〇〇円、四七〇、〇〇〇円、同月三〇日一、七五〇、七五三円、同年四月三〇日二、〇八九、〇〇〇円、合計五、三七六、七五三円納入され、また同年四、五月には各種補助金等が相当額送付されていることがそれぞれ認められ、これら事実に前述の予算編成の経緯、1において説明の被告人の会計に対する態度等を合せ考えるとこれを信用するに難くない。

他面証人阿部末吉の供述は本件各積立金に関しても前示の如く供述しながら、受命裁判官に対する昭和三二年一〇月一四日付証人尋問調書中には、吏員退職手当積立金、罹災救助資金積立金合計一五〇、〇〇〇円につき公民館建築費積立金と一緒に考えて自分一存で積立てなかつた(六〇三丁)とか、村長は積立のなされなかつたことを次年度の初めから知つていた(六〇五丁)等相矛盾するような供述記載があり、これに右認定事実を考慮すると右末吉の供述記載は信用し難く、また同じく前示被告人の検察官に対する各供述調書の記載についても、右説明及び一において判示の如く迎合的供述の疑の点から信用できない。

以上説示のとおりであつて、さらに1、2を通じて考えるに、被告人が昭和二二年暮頃当時の田山村農業会長角館孫吉に対し個人的に村公金九〇、〇〇〇円を収入役を通じ貸与したことは被告人の自認しているところであるが、本公訴事実に関する積立金額とはその差が大きく右貸金の事実をかくすためにことさら本件各請求書及び受領書を作成したとは到底考えられず、また本件第三の一一〇、〇〇〇円横領の事実は後に説明するとおりその犯罪の成立は認められないから、これをもつて被告人に不正隠蔽の目的があつたことを認める資料とすることはできない。

さらに被告人の公判廷における供述、受命裁判官の証人阿部小次郎、関権太郎(昭和三一年六月二二日付)に対する各証人尋問調書及び関権太郎、阿部小次郎の検察官に対する各供述調書により認められるところの被告人は従来収入役を信頼していたが昭和二九年暮頃支出が遅滞がちになつたので疑念をもつようになり非公式に検査したところ約一、〇〇〇、〇〇〇円の欠損あることを知り、事情を明かにしようとしてみずから村議会にはかり監査委員に出納検査を依頼し、さらに県当局に調査を依頼する等し、その結果四、五〇〇、〇〇〇円位の使途不明金のあることが明かになり即時この結果を議会に報告したことからみると、前記措信しない証拠以外の証拠によつては被告人が村公金を不正使用し、現実村公金が不足していたにかかわらずその不正を隠すため、或は決算の成立のみを意図して本件各請求書及び受領書を作成したものとは認めることができない。そうだとすれば結局本公訴事実はすべてその証明不十分であるといわざるを得ないのである。

四、本件公訴事実中第三の業務上横領の点について

被告人が昭和二六年一月頃田山村役場で収入役阿部末吉に命じてその保管金から一一〇、〇〇〇円を取り出させ、そのうち収入役に二〇、〇〇〇円、書記佐藤一夫、山本春蔵に各一〇、〇〇〇円を分与し、被告人において五〇、〇〇〇円を受領し、残二〇、〇〇〇円は助役安保辰己に分与しようとしたが拒否されたのでその後役場吏員の慰労費に費消したことは、被告人の公判廷における供述及び第一回公判調書中の陳述記載、検察官に対する昭和三〇年一〇月二六日、同年一一月一四日付各供述調書、受命裁判官の証人阿部末吉(昭和三一年六月二二日付、同三二年一〇月一四日付)、安保辰己(昭和三一年六月二二日付、同三二年一〇月一四日付)、佐藤一夫(昭和三一年六月二三日付)、山本春蔵に対する各証人尋問調書を総合して認めることができる。

ところで被告人は右金員は水害復旧工事の受益者から被告人に使途を一任された委託金と一般歳計からの村長交際費であつて、本件所為は本来村長の権限内の処分である旨弁解する(一八丁裏、九八二丁裏)ので以下この点について審按する。

被告人の公判廷における供述、第一一回公判調書中の証人山本与一郎、畠山松ヱ門の各供述記載、第一二回公判調書中の証人山本春吉の供述記載、当裁判所の証人阿部末吉、安保辰己に対する各証人尋問調書、受命裁判官の証人阿部末吉(昭和三二年一〇月一四日付)、安保辰己(昭和三一年六月二二日付、同三二年一〇日一四日付)、佐藤一夫(昭和三二年一〇月一四日付)、山本金之助、高村専太郎(昭和三二年一〇月一五日付)に対する各証人尋問調書、押収してある昭和二五年度田山村歳入歳出予算書綴(証第三〇号)、同年度同村土地改良支出証憑綴(証第四四号)、同年度同村林道関係支出証憑綴(証第四五号)を総合すると、田山村においては昭和二五年度において水害による耕地及び林道の復旧事業を受益部落の請負によつて施行していたが、これらの復旧工事費については、その約六割を県から補助金にあおぎ、約四割を受益者側の寄付金でまかなうこととし、同寄付金については受益者の負担を軽減するため労力、資材等の提供をもつてまかなうこととされていたこと(なおこの場合補助金につき余剰が生ずると、寄付金を軽減し余剰金を残さないのが通例である。)、ところで右補助金は町村単位に支給されるものであるから受益者側としてはこれが獲得のため村長たる被告人に県当局と折衝してもらわなければならず、また右事業の事務につき役場吏員が超勤などしても一般歳計から手当を支給されず(右は特別会計事務であり、前記のとおり実際には補助金だけでされるのでその余裕がない。)、このようなことから受益者側としては村長たる被告人との間に交渉費や役場吏員の慰労費にあてる趣旨で工事費の約五分の金円を被告人に委託し、その用途に一任する旨の取きめがなされていたこと、しかして右委託金の交付方法については受益者がこれに相当する労働をし又は資材を出してこれに対し工事費たる補助金から受くべき報酬又は代金(寄付労働外のもの)をもつてあてることとし、これを補助金から村長名義で支出してもらう慣例であつたこと、被告人は昭和二五年一二月末頃前記趣旨から右委託金を工事に関係した役場吏員に分与しようと考え、収入役阿部末吉に対し昭和二五年度土地改良工事補助金のうちから五五、〇〇〇円、同年度林道関係工事補助金のうちから二五、〇〇〇円をそれぞれ事務費名義で支出することを命じ、翌年一月頃収入役から合計八〇、〇〇〇円の交付をうけこれを前示分配金にあてたこと等の事実を認めることができる。

そうすると、前記一一〇、〇〇〇円のうち八〇、〇〇〇円については、被告人が収入役から受領したときに右金員は受益者団体からの委託金となつたものとみるを相当するからこれを村公金ということはできない。また被告人がこれを一部吏員に現金で分配したことは誤解をまねく虞なしとはしないが、従来も現物で分配しており、(二二一丁裏)これらの者はいずれも復旧工事について尽力したものであるから前記委託の趣旨に反するとまでいうを得ない。

次に残りの三〇、〇〇〇円について考えるに、被告人の公判廷における供述、受命裁判官の証人阿部末吉に対する昭和三二年一〇月一四日付証人尋問調書、押収してある昭和二五年度田山村歳入歳出予算書綴(証第三〇号)を総合すると、被告人が配分をうけた二〇、〇〇〇円と右三〇、〇〇〇円の合計五〇、〇〇〇円は接待費や旅費等に使用されたものであり、当時歳計金中に村長の交際費が少くとも七〇、〇〇〇円ないし八〇、〇〇〇円位残存していたことがうかがわれるのであるから、前記八〇、〇〇〇円の費目が明らかなところから考えると、この分についてのみ敢て違法を犯すとも考えられない。この点についての証憑書類はないけれども、右認定事実から被告人の弁解は排斥し難く、結局本公訴事実もその証明なきものといわざるを得ない。

以上判示するところにより、本件公訴事実中第一(一)の虚偽公文書作成同行使教唆、第一(二)の虚偽公文書行使、背任、第二の各虚偽公文書作成、同行使、第三の業務上横領の点は、いずれもその証明なきに帰するから、刑事訴訟法第三三六条に則り無罪の言渡をすることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 降矢艮 瀬戸正二 矢吹輝夫)

(一覧表略)

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